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水害と中津の大偉人

若松常一郎翁は明治27年4月、現在の吉富町高浜で材木や海産物を扱う回送店の長男に生まれました。

昭和19年9月の暴風雨で、山国川の金谷堤防が決壊。市内の住宅3割以上が床上浸水。又山国川流域各地に大災害をもたらした。若松翁はその災害後、山国川の堤防改修に尽くすことを決意し、戦中戦後の混乱期にかけて、内務省他関係省庁へ陳情の為私費で上京。その陳情回数は実に50数回に及んだ。昭和23年8月山国川の堤防工事は、戦後全国初の直轄河川工事に取り上げられ、大規模な工事が始まり、昭和32年には磐石な金谷堤防が完成した。それ以来中津市民は、豪雨による堤防決壊の不安から解放され、安心して過ごせるようになった。若松翁は昭和23年11月中津商工会議所会頭に就任以来、6期目の昭和35年12月66歳の人生を終えた。

山国大橋の袂には翁の胸像と「偉業を永久に讃え 英姿を刻んで山国川の護りとする」文が刻まれています。

 福沢諭吉に次ぐ中津の大偉人ではないでしょうか?

 

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